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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)277号 判決 1969年2月06日

被控訴人 永楽信用金庫

理由

《証拠》を綜合すれば、次の事実を認め得る。すなわち、

訴外東京中小事業協同組合は被控訴金庫その他に多額の債務を負い倒産に頻したため、訴外小山田新八郎は右組合の債権者代表となり、また右組合再興委員会の委員長として、訴外小林秀三郎はその実行委員として、右組合の再建のため奔走していた。小山田新八郎および小林秀三郎の両名は、右組合の理事長である後藤久苗(堯民とも称していた。)とともに、昭和四〇年一二月初め頃から被控訴金庫に対し、右組合の再建のため資金的に協力すべきことを求め、同月二三日頃には、右組合再建の事業計画案として小山田新八郎および後藤久苗両名連署に係る「東京中小事業協同組合新規事業計画」と題する書面(甲第六号証)を提示して右組合に対する金三、〇〇〇万円の融資方を再三懇請したが、被控訴金庫の容れるところとならなかつたので、小山田新八郎および小林秀三郎の両名は同月三〇日更めて被控訴金庫に対し、右組合の組合員らの越冬資金名義で、とりあえず右組合に金三〇〇万円を貸与すべきことを申し出たところ、被控訴金庫は依然として右組合に対する融資を拒否するとともに、小山田新八郎個人に対してならば、相当の担保の提供があれば、被控訴金庫の営業ペースに則り金三〇〇万円の貸与に応じてもよい旨提案した。そこで右両名は、右提案に従い、小山田新八郎名義で金三〇〇万円を借り受けることとし、その担保として、小林秀三郎と控訴人の両名が連帯保証人となるほか、控訴人所有の本件不動産を抵当に供することを申し出たので、被控訴金庫はこれを了承し、控訴人の実印のほか本件不動産の権利証などを持参すべきことを求めた。翌三一日に、小山田新八郎および小林秀三郎の両名は被控訴金庫に赴き、小林秀三郎から被控訴金庫に本件不動産の権利証(甲第二号証)を提出したが、本件不動産については既に控訴人の訴外同栄信用金庫に対する金二〇〇万円の債務の担保のため第一順位の抵当権が設定せられていることが判明したので、被控訴金庫の当時の専務理事であつた海塚重治郎は金三〇〇万円の使途について問いただしたところ、小山田新八郎から内金二〇〇万円は控訴人の前記債務の弁済に充て、残金一〇〇万円を前記組合の組合員らの越冬資金に使用する旨の説明がなされたため、海塚重治郎は右のような事情であれば被控訴金庫としてはむしろ本件不動産につき第二順位の根抵当権の設定を受けて金一〇〇万円を貸与する旨申し出たところ、小山田新八郎らにおいてこれに異存なき旨答えた。その結果、被控訴金庫と小山田新八郎との間に、利息日歩金三銭、損害金日歩金六銭とする当座貸越、手形貸付、手形割引、消費貸借に基づく継続的取引契約が締結せられ、小山田新八郎および小林秀三郎の両名は、右両名と控訴人の三名を共同振出人とし、満期を昭和四一年三月二九日とする金額一〇〇万円の約束手形一通(甲第四号証、小山田新八郎および小林秀三郎の両名は各自それぞれ署名押印し、小林秀三郎は控訴人に代つて控訴人の氏名を記載してその名下に控訴人の実印を押捺した。)を被控訴金庫に交付したほか、右継続的取引契約に基づき小山田新八郎が被控訴金庫に負担すべき債務を担保するため本件不動産につき債権極度額を金一〇〇万円とする第二順位の根抵当権を設定する旨を記載した根抵当権設定債務極度契約証書(甲第一号証)に、小山田新八郎は主たる債務者として、小林秀三郎は連帯保証人として、それぞれ署名押印し、小林秀三郎は控訴人に代つて右書類に連帯保証人兼担保提供者として控訴人の氏名を記載した上、その名下に控訴人の実印を押捺し、右書類とともに、右根抵当権の設定登記に関する控訴人の委任状一通(甲第三号証)を被控訴金庫に差し入れ、被控訴金庫から小山田新八郎に対し金一〇〇万が交付された。これより先、小林秀三郎は控訴人に対し、小山田新八郎が自己名義で右組合のため被控訴金庫から金三〇〇万円を借り受けることになつたこと並びに右借受については控訴人の連帯保証と本件不動産を抵当に供することが必要となつた経緯を説明し、控訴人の実印の貸与を求めた。控訴人は後藤久苗の内縁の妻で永年に亘り同人と同棲していたものであるところ、後藤久苗の経営していた「エム・エー・ワン・ボデイー」なる会社の有していた港区芝浦一丁目の約八三〇坪の借地権と右借地上に存していた後藤久苗所有の家屋(控訴人は後藤久苗とこの家屋に住んでいた。)が前記組合の被控訴金庫に対する貸金債務二、〇〇〇万円の弁済のため他に処分せられるに当り、その立退先として本件不動産が提供せられたものであるが、控訴人のたつての要望により後藤久苗から本件不動産の贈与を受けた関係から、控訴人は小林秀三郎の右申入を容れ、小山田新八郎が被控訴金庫から貸借を受ける金三〇〇万円の債務につき連帯保証をなすことはもちろん、右債務の担保として本件不動産を抵当に入れることを承諾し、控訴人の実印を小林秀三郎に預けた。小林秀三郎は右のような経過で控訴人から預つた右実印を使用して、既述のとおり、前記甲第四号証の約束手形、甲第一号証の根抵当権設定債務極度契約証書にそれぞれ控訴人の記名押印をなしたもので、また、前記甲第二号証の権利証は、控訴人が本件不動産に第一順位の抵当権を設定して同栄信用金庫から金二〇〇万円を借り受けた際、同金庫に差し入れ、爾来同金庫において保管していたものに係るところ、控訴人において右金庫との間にその返還の同意をとりつけた上、控訴人の意を承けた小林秀三郎において右金庫から右権利証の交付を受けて、前記のとおり、被控訴金庫に差し入れた。前記約束手形および根抵当権設定債務極度契約証書の作成に当り、被控訴金庫の総務部長桜井政雄は電話で控訴人に対し、小山田新八郎が被控訴金庫との継続的取引契約に基づいて負担すべき債務の担保として、本件不動産につき債務極度額を一〇〇万円とする第二順位の根抵当権を設定することについて異存がないかどうかを確めたところ、控訴人は右根抵当権の設定を承諾する旨答えた。甲第九号証の二の記載中、右認定の趣旨に抵触する部分、当審証人小林秀三郎、原審および当審証人小山田新八郎、当審における控訴人本人の各供述中、右認定に反する部分は、いずれも前記採用の各証拠に照して措信しがたく他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右の認定事実によれば、昭和四〇年一二月三一日被控訴金庫と小山田新八郎との間に、利息は日歩金三銭、損害金は日歩金六銭の割合とする当座貸越、手形貸付、手形割引、消費貸借等についての継続的取引契約が成立し、同日右取引契約に基づき被控訴金庫は小山田新八郎に対し手形貸付により金一〇〇万円を貸与したこと、および控訴人は右継続的取引契約に基づき小山田新八郎が被控訴金庫に負担する債務を担保するため本件不動産につき債務極度額を一〇〇万円とする第二順位の根抵当権の設定を約したことが明らかである。

控訴人は、右根抵当権設定契約は法律行為の要素に関する錯誤により無効であり、然らずとするも被控訴金庫の詐欺に基づいてなした意思表示に因るものであるから取り消し得べきものである旨各主張する。しかしながら、右根抵当権の設定が、被控訴金庫から東京中小事業協同組合に対する再建資金三、〇〇〇万円の融資または年末つなぎ資金三〇〇万円の貸与を条件として約定せられたものであるとの主張事実については、前記措信しない当審証人小林秀三郎、原審および当審証人小山田新八郎の各証言を措いては他にこれを認めるに足る証拠はなく、また本件に顕われた全証拠を参酌しても、被控訴金庫が右組合に対し再建資金として金三、〇〇〇万円もしくは年末つなぎ資金として金三〇〇万円を融資貸与する旨控訴人を申し欺いて、右根抵当権の設定を受けたものであることを肯認せしめるに足る証拠はない。被控訴金庫が小山田新八郎らからの右組合に対する金三、〇〇〇万円もしくは金三〇〇万円の各融資の申込を拒絶し、小山田新八郎個人に対し金一〇〇万円を貸与したものであること、および控訴人が右小山田新八郎の債務を担保するため右根抵当権の設定を約したものであることは、既に認定したところにより明白である。したがつて、控訴人の右各主張は、いずれも採用できない。

しからば、控訴人は被控訴金庫に対し、上記根抵当権設定仮登記に基づく原判決末尾添付別紙「登記事項の表示」に掲記のとおりの根抵当権設定本登記手続をなすべき義務あることが明らかであるから、控訴人に対し右義務の履行を求める被控訴金庫の本訴請求は正当として認容すべきである。

右と同趣旨にでた原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条に従いこれを棄却する。

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